HUNTER's LOG on PORTABLE

死に至る眠り・後編

絶景、という言葉が指すものをひとつあげろというならば今ビッケの目の前に広がっている景色がまさにそれだった。
メタペ湿密林のベースキャンプ。断崖の上にある古代遺跡の痕跡に設えられたそこからは、崖下の急流を挟んで対岸が遠くに望めるのだが、その対岸が大瀑布になっていた。
一体あれだけの水がどこから…と呆然とするような滝のカーテンである。

湿密林へ

(あれか…)
 
川沿いにひらけた高い樹木のないそのエリアには、低い亜熱帯性の低木や草が生い茂っているのだが、その中をあからさまに場違いな赤橙色をした「何か」が移動している。
 
エリアの奥にある高台にいたビッケは即座に腹這いになり双眼鏡を取り出すと、ファーに伏せて下がる様にサインを出す。その「何か」はどうやらこちらには気がついていない様だ。ウォルフも言っていたが、接近してくる存在には敏感だが、遠目は効かないらしい。
 
(本当に鳥みたいだ)
 
と、彼女は思う。イャンクックやゲリョス、あるいはイャンガルルガなども「鳥竜種」と呼ばれるが、それらよりもはるかに「鳥っぽい」。竜のくせに翼や尾に羽毛を持っているみたいだった。
 
ヒプノック。つい最近になって発見された鳥竜種の一種。未だハンターの手があまり入っていない「樹海」と呼ばれる地域に生息していた様だ。稀にその周辺エリアにも出没する。
 
「まあ、クックなんかとそんなに違いはしねえんだけどな?飛びかかり方がちと独特でよ。その動きと、後は喰らうと寝ちまうブレスをなんとかするのがキモだな」
 
と、ウォルフは言っていた。
 
(さて、どうしよっか…)
 
いくつか確認しておきたい事もある。が、ここから見えるだけでもヒプノックの他にコンガが数頭。コンガに手を出せばヒプノックに気がつかれるだろうし、ヒプノックに手を出せばコンガとの乱戦となるだろう。
ビッケはしばし思案すると、小声でファーに声をかけた。
 
「(ファー?)」
「(ハイニャ)」
「(あなた地下を通って、向こうに見える洞窟の入り口まで行ける?)」
「(多分大丈夫ですニャ)」
「(じゃあ、そうして。あたしはヒプノックにペイントをして一気にそこまで駆け抜けるわ)」
「(了解ですニャ!)」
 
狩り場になる各フィールドには、大概アイルー族やメラルー族によって張り巡らされた彼ら専用の「地下トンネル」がある。アイルーのファーもそれを利用して地上のモンスターに気がつかれない様に移動する事ができた。
 
ファーはそのトンネルに潜り、ビッケはポーチからケムリ玉とペイントボールを取り出す。
もう一度双眼鏡を覗いて、コンガの位置を確認すると、呼吸を整える。
ヒプノックが「あちら」を向くのにあわせて高台から飛び降り、彼女は走り出した。
 
 

 
絶景、という言葉が指すものをひとつあげろというならば今ビッケの目の前に広がっている景色がまさにそれだった。
 
メタペ湿密林のベースキャンプ。断崖の上にある古代遺跡の痕跡に設えられたそこからは、崖下の急流を挟んで対岸が遠くに望めるのだが、その対岸が大瀑布になっていた。
一体あれだけの水がどこから…と呆然とするような滝のカーテンである。
まったくこの光景をどうやって言葉にしたものか。狩りの後でグラニーにでも聞いてみよう、と彼女は思った。
 
きれいにすんだ青空の下に広がるその光景にしばし陶然としていたビッケだが、遠くで何かが甲高く声を上げるのを耳にして我に帰った。
 
今日は二日にまたがるヒプノック討伐の一日目。今日一日でこの広い湿密林を大まかにでも把握しなければならない。さっそく行動を開始する事にした。
 
トラップツールや調合書、その他かさばる調剤器具などをキャンプに残し、最低限のアイテムをポーチに詰め、武器・防具の固定を確認する。
キャンプから遺跡の階段を上り、そのまま密林の中へ踏み入れた。途端に空気の密度が上がり「生き物」の濃密な気配が充満する。
 
(…ランゴ)
 
遠目にもランゴスタが群れをなして飛び交っているのが見える。ビッケは手足にぐるぐると巻き付けた包帯状の虫除けの布を確認する。無論これではランゴスタは避けられないが、小さい虫にたかられたり蛇の害を避ける事はできる。
 
植生はウォルフの言う通り「密」だ。テロスの密林とは比較にならない。ベースキャンプから入り込んだ一角は開けていたが、そこからぽっかり空が穴の向こうに見える様になっている。それほどにエリアの奥には高い樹木が密集していた。
 
(でもこれは好都合だ)
 
と、彼女は思う。この植生で一定以上の大きさの飛竜がこのエリアに降下しようと思ったら、樹木の途切れている「ここ」に降りるしかない。
 
(なるほど)
 
こういったポイントを把握していけば、罠を仕掛ける位置の目安になるわけか、と彼女は思った。
 
そのままビッケは午前中を費やして、ウォルフの教えてくれた素材分布に従っていくつかの必要なものを集めていった。クモの巣・ツタの葉・薬草・アオキノコ・ハチミツ・光蟲…。なるべく予想されるヒプノックの周回コースを迂回する様に行動したため、このボスモンスターとははちあう事もなく、素材は集まった。
 
幸いそれほど強力な小型モンスターもいないみたいなので、午後はヒプノックとの戦闘が予想されるキャンプに隣接する2エリアと川沿いの2エリアの小型モンスターを排除して、安全を確保していく。
 
そして、道中「ここが巣かもしれない」様に見えた、この湿密林内では比較的高所にある朽ちた遺跡のエリアのモンスターを排除した後、そこからの崖を下り、低所の川沿いエリアに戻った所でビッケはその赤橙色のモンスターを発見したのである。
 
 

 
左手を後ろ手にしっかりと背に負った大剣を固定し、低い腰つきのままビッケはヒプノックに向かって走る。
あちらを向いて歩いていたヒプノックがこちら向こうとする動きを見、それにあわせてケムリ玉を投擲する。コンガが異変を察知し気勢を上げるがそれにはかまわず走りつづけた。
 
ケムリ玉からの煙幕が立ちこめ、ヒプノックが首をのばしてきょろきょろし始める。まだ、こちらの位置は把握していない様だ。彼女はもう一度ケムリ玉を投げ、そのままペイントボールのとどく位置にまで接近すると、迷わず投げつける。間違いなくそれはヒプノックの翼にあたり、独特のにおいが発せられた。
 
と、同時にヒプノックがこちらを把握した。明らかに先ほどとは違った「臨戦態勢」で身をかがめて威嚇を始める。なるほど接近してくる相手には敏感である。クックなどはここでペイントボールを当てると「遠く」を警戒してきょろきょろするものだが、ヒプノックは瞬時に煙幕の中にあってビッケを把握してきた。
 
普通ならここで戦闘開始、となるのだが、ビッケはそのままヒプノックの脇を走り抜けた。ヒプノックがそれを追って体を回す動きの裏を取る様にカーブを描きながら走り続ける。そのまま一目散に彼女はファーに指示した洞窟の入り口を目指し、ヒプノックが追撃体勢に入る前にはエリアを後にしていた。
 
 

 
モンスターがとる状態というものを良く見てみると、多少の異同はあるもののおおむね次の3つの状態間をシフトすると言って良い。すなわち「日常的な状態」「臨戦状態」「怒り状態」。
これらは徐々にシフトするのではなく、一定の条件で一気に切り替わる。実際それぞれの状態で血中の構成物質が変わっている、という研究報告もある。
 
ハンターにとって重要なのは、そのモンスターのスピード・反応速度・発力・防御力のそれぞれが状態ごとに劇的に変化する、という点だ。それはモンスターとの攻防上における注意が必要となる、という事であるが、何も「切ったはった」だけがそのすべてではない。
 
ヒプノックへのペイントを決め、そのままエリアを走り抜けたビッケは湿密林の最深部の洞窟エリアへ通じる「前庭」とでも言うべき場所に出ていた。周囲を岩壁とそこに這った樹木の壁で囲まれ、合間からこぼれ落ちる滝が足下を涼やかな水辺にしている。何とも幻想的な場所であるが、彼女は突き出しているいくつかの岩のひとつに腰掛け、水場の巨大エビを追いかけ回すファーをぼんやりと眺めながら、頭の中では忙しく作戦を練っていた。
 
上に述べたモンスターの状態は、そのモンスターを罠にかけた時の反応にも如実に反映される。最も一般的なケースに習うならば日常的な状態で罠にかけた場合が最も拘束時間が長く、怒り時のそれは極端に短い。
 
同じ鳥竜種のイャンクックなどはエリア移動してきた降下ポイントに落とし穴を仕掛けると臨戦状態になる前にはまり、相当長い時間拘束する事ができる。
 
(ヒプノックは難しそうだ)
 
そう、ビッケは思った。先ほどの「仕掛け」はその辺りの反応を見るためのものであった。ケムリ玉で視界が胡乱になっている状態であれだけの反応を見せるのであれば、単純に降下ポイントに落とし穴を仕掛けてもはまる前に臨戦状態に入ってしまう危険が高い。
 
もとより今回の狩りのキモは、落とし穴で拘束している間にヒプノックの自浄能力を超える毒をクロームデスレイザーで与え、毒のダメージでビッケ自身の不慣れな立ち回りを補う、という事だった。拘束時間は長く取れれば取れるほど良い。
 
(やるだけやってみるしかないか)
 
ということになった。先ほど見て取った地形特性から考えても降下時への落とし穴を上回る良手は考えられない。一工夫はしてみるものの、それで臨戦状態に入ってしまうならそれはそれで仕方ない、と彼女は腹を決める。
 
と、ヒプノックの位置を知らせるペイントのにおいが遠ざかった。どうやらエリアを移動したらしい。少し日も傾いてきた。ビッケは立ち上がるとファーを呼び、ベースキャンプへと向かった。
 
 

 
夕飯はファーの奮闘の賜物で巨大エビにありつける事になった。肉焼き器の支柱に横棒を渡し、フィールドの調理ではこれに勝る万能さを持つものはない、とビッケが確信している球体の底を切り取ったような形状の鍋を掛ける。
 
水を沸騰させるとまずエビを一匹。暴れて熱湯が飛び散らない様に気を付けながら丸ごと茹でる。火のそばにはメタペタットで買い入れたパンを置いて暖めた。
 
10分もしないうちにエビは真っ赤に茹で上がり、ファーの尻尾がピンと立つ。背尾とはさみにナイフを入れて断ち割ると、こぼれんばかりの茹で汁とはじけんばかりのぷりぷりした身があらわになった。これをフィールドで採ってきた芭蕉のような大きな葉の上においてファーが食べられる様に冷ます。
 
冷めるのを待つ間に今度はお湯に塩を入れてもう一匹を茹で、茹で上がると鍋の湯を捨て、水気を拭き取り油をひく。茹で上がった自分のエビのはさみの中の身をほぐすと、これまたフィールドに自生していた青菜と一緒に鍋に放り込んで炒め、少々塩を加えた。
 
このソテーのサンドイッチと、先ほどの巨大エビのボイルが今日の夕餉だった。特別なソースなんかは何もないけれど(要するにどれも塩味だ)、狩りの夕餉としたらずいぶんと豪勢な部類である。
 
すっかり平らげてしまうとビッケはいよいよ明日の狩りの支度に取りかかる。調剤道具を引っ張り出して、薬草とアオキノコをすりつぶしていく。フィールドで採取できたものから回復薬Gが5個作れた。
 
続いてツタの葉とクモの巣でネットを作っていく。落とし穴のベースとなるトラップツールはメタペタットで3機用意してきていた。明日はこの3回の落とし穴チャンスをいかに活かせるかがポイントだ。
 
さらに念のため、と採取しておいた光蟲で閃光玉をいくつか作り、ケムリ玉も補充しておく。まずはこのくらいあれば十分だろう。
 
北の空を見上げると夜もだいぶ更けてきている様だ。ファーはすっかり夢の国である。この後は、もう一仕事。まだ効果が持続しているペイントボールのにおいを頼りに、ヒプノックがベースキャンプの隣接エリアに飛来するのを狙う。闇夜に乗じて再度ペイントしておくわけだ。そうすれば明日朝早くにはまだ効果が残っているだろう。朝一でヒプノックの位置を特定できるかどうかは大きい。
 
遠くでおそらくそのヒプノックのものであろう甲高い鳴き声が上がった。
いよいよ明日。その声の方角の空に目をやりながらビッケは思った。
 
 
 

 
 

ヒプノック・戦闘開始

まだ日も登りきらぬ早朝。
ビッケはキャンプから出てすぐの位置で落とし穴を準備していた。
 
上空に目をやり、樹木の切れ目からヒプノックの降下位置を予想しつつ、一抱えもある円柱状のそれを地面に突き立て、ねじの様に回しながら埋め込んでいく。上部1/3くらいが顔を出すくらいに埋め込まれたら、その頂部にあるストッパになってるワイヤーを引き抜いた。
バシュッと音がし、昨夜仕込んでおいたネットが展開する。これでものの数分もしたら落とし穴は完成である。
 
この「落とし穴」とは、無論モンスターが落ちるような巨大な「穴」を掘る、という代物ではない。今展開したネットの下の土壌がトラップツールによって発せられる影響できわめて軟弱な状態になる、故に巨大質量が乗ると崩れ落ちる、という仕掛けなのだ。
 
言ってみれば「穴」というよりは一時的な「蟻地獄」のようなものである。しかし、およそ数時間はこの状態が続くので、ターゲットの「次の移動エリア」が見極められれば、この様に先手を打って仕掛けておく事ができる。さらに今回の様に植生の関係からターゲットの降下位置が絞れる場合はピンポイントで降下地点に仕掛ける事も可能だ。
 
(さて、と…)
 
落とし穴の仕掛けを終えると彼女はヒプノックの状態に注意を向ける。ヒプノックはキャンプを挟んで隣接するハチミツの採れたエリアにいる様だ。およそ2時間前からその動向を追っていたが、湿密林奥のエリア(最初にヒプノックを発見したエリアだ)からこちらへ移動してきたヒプノックは、十中八九、次ここへ来る。モンスターは自分のテリトリーを巡回する性質があるので、いったん巡回コースを把握してしまえば、移動先の予測は割と容易である。
 
ファーの方を見るとこれまたせっせと「アイルートンネル」のあちこちに爆弾を用意している。戦闘中はこれらを引っ張り出して突貫するわけだ。やる気満々である。
 
ビッケは思わず腰に下げた回復笛を確認し、「爆弾ネコ」と化す(であろう)ファーのサポート体制をチェックする。準備は万端だ。
 
しばらくすると、ヒプノックからのにおいが強まった。こちらへ向かっているらしい。
 
「ファー!来るわっ!」
「ハイニャっ!」
 
ビッケとファーは落とし穴からほど近い、キャンプへの出口にある通路へ下がり、身を潜める。上空に大きな羽音が現れた。ビッケはケムリ玉を連続して投擲し、身をかがめたままクロームデスレイザーの柄に手をかける。
 
このケムリ玉が昨日危ぶんでいたヒプノック−落とし穴への一工夫、だった。直接降下ポイントの落とし穴へ落とすと発覚→臨戦体勢に入ってしまう可能性が強いヒプノックだったが、そのタイミングをケムリ玉で文字通り「煙に巻いたら」どうか、という事である。
 
やがて土煙が舞い、ヒプノックが降下してきた。場所はドンピシャである。そのまま着地体勢に入り、落とし穴に落ちた。
 
(上手くいったか!)
 
と、ビッケは思いながら駆け出す。ヒプノックはまったく無防備に落ちた様に見えたし、落とし穴の中で暴れ回る動きも「鈍い」。
 
彼女は真正面に仁王立ちになるとそのまま大剣の「タメ」を行う。いきなり大剣最強の斬撃であるタメ斬りでの戦闘開始だ。その斬撃は見事にじたばたするヒプノックの頭を捉えた。十分な手応えだ。
 
(良し、通る!)
 
そのまま彼女は斬り払い・斬り上げを連続させ、手数を稼ぐ。ヒプノックへのヒット時に紫煙が上がり、毒が備蓄されていくのが分かる。
あっという間に毒の回った兆候を示すヒプノック。が、まだ落とし穴からは脱出できない。間違いなく長時間拘束が決まっている様だ。
 
その中でもビッケは冷静に斬撃をわざと腹・翼・首と各所にばらけさせ、各部位への刃の「通り」を確認していく。十分だ。クロームデスレイザーなら切れ味を落とさない限りどこでも刃が通りそうだった。
 
かなりの手数が入った後、ようやくヒプノックが落とし穴を脱し、宙へ舞った。着地すると同時に両翼を最大限に突っ張って広げ、甲高い威嚇の声を上げる。臨戦状態を突き抜けて、一気に怒り状態へ突入した様だ。
 
(さあ来いっ!)
 
ビッケは微塵の萎縮もなく、その威嚇状態のヒプノックへ飛び込み、抜き打ちざまに斬り掛かっていく。
 
激戦が始まった。
 
 

 
その動きの詳細が分からない相手に対しては、やたらと手数を欲張らずに一撃離脱を繰り返しながらよくよく観察する事が大事だ。
彼女も無論そのつもりであり、ヒプノックの厄介な睡眠ブレスを警戒して正面へは回らず、斜め方向から脚・翼へ抜き打ちに斬り込み、斬り払いを追加してそのまま離脱、となるはずだった。
 
しかし、思わずもう一手が出てしまう。ビッケは大変驚くのと(まずい…)と少々焦るのとで、動きのリズムが今ひとつ掴めないでいた。
 
(この大剣、上手く動きすぎる)
 
そういう事だった。母の手による調整の施されたこの大剣は、今のビッケの「一歩先」の動きを引き出してしまう。クロームデスレイザーの切っ先は、斬り込みからほとんど間断なく次の一手へ移行してしまえた。要はレギュレーションが違うのだ。
 
思わぬスムーズさに却って動きの乱れた彼女の回避が遅れ、迫ってきたヒプノックの回転尻尾をガードしてしまう。
 
「くはっ!」
 
思わず声が漏れる。なんという威力か。ガード越しに衝撃を受ける腕の骨が縮んでしまいそうな一撃だ。
さらにはついばみをしながらヒプノックが飛びかかってくる。鳥竜種のついばみをガードしてしまったら、その連撃で間違いなくガードは破られてしまうだろう。本能的にビッケは横っ飛びにかわしたが、ヒプノックの強靭なつま先に少し引っかかってしまう。
 
「くっ!」
 
たったそれだけが大変なダメージとなる。少し腿あたりにかすっただけなのに、そこから脚がちぎれたのじゃないかと冷や汗の出るような衝撃だ。
 
いったん離れて仕切り直すか…と彼女がファーに指示を出そうとした時、急にヒプノックの動きが鈍くなった。怒り状態が解けたのだ。
彼女は即座に閃光玉を投擲し、ヒプノックに目眩を引き起こさせる。
 
「ファー!」
「了解ニャアァァァ〜!」
 
意図を察したファーがアイルートンネルからお得意の大タル爆弾を引っ張り出す。ビッケは回復笛をスタンバイし、ファーの突貫を見守りながら戦局の立て直しを計る。
 
(三撃入れる)
 
それが彼女の出した解答だった。この大剣に「追いつかなければ意味がない」。そう彼女は思った。
ファーが大タル爆弾を抱えて目眩でよろよろしているヒプノックに突貫し、駆け抜けながら自爆する。ビッケはそれにあわせて回復笛を吹き鳴らし、ファーのダメージをリカバーするとともに、自分のダメージの回復を図る。
 
(いけるか)
 
目眩の解けたヒプノックに彼女は再び斬り込む。頭の中の時間の「刻み」を倍速にし、斬り込みから三手目を入れて離脱。ギリギリだ。側転する上をヒプノックの尻尾がうなりをあげて通り過ぎる。しかし、集中力さえ鈍らなければやれない事はない。
 
(これがGクラス)
 
そう思ったのもつかの間。通常のリズムを超える立ち回りのスピードにビッケの頭の中からは次第に余計な思考がなくなり、真っ白になっていく。視界の隅には「いつもと違う」彼女の動きに斬り込むタイミングが計れずに戸惑っているファーが見える。五感が研ぎ澄まされ、彼女の耳には突然発生した騒動に驚いて鳴き合っている密林の鳥達の声までが聞こえる。その状態は、再び毒が回った兆候を示したヒプノックが、一声甲高く鳴き声を上げたかと思うとエリアを離脱するために駆け出し始めるまで続いた。
 
突然、鳥竜種独特の珍妙な走り方で走り、飛び立つヒプノック。極度の集中で蒼白な顔色となっているビッケは、その姿を見送りながらようやく常態に戻りつつあった。大剣を背にしまおうとして、自分の手がその柄に張り付いた様に固定され指が開かなくなっているのに気がつく。
 
大きく息を吐き出し、彼女は自分の状態に少し笑った。
ファーが不思議そうな顔で彼女を見ている。
どのくらい時間が経ったものか。いつの間にか樹海の木々をすかして見える太陽もかなり高い位置に来ているようだった。
 
 

 
罠の有効性が確立し、立ち回りで遅れを取る事がないと分かったら基本的にその狩りはまず万全である。が、どれほど「確定路線」が定まっていても思いがけぬ危機が降ってわくのが狩りというものでもあるのだ。
 
「っ!ファー!」
 
ビッケの悲鳴がこだまする。
 
(まずい!)
 
ビッケが回避し、距離をとるのと入れかわれに斬り込んだファーがヒプノックのブレスを喰らって眠ってしまった。いくらアイルーが人とは桁違いに柔軟であるとはいえ、ヒプノックの巨大な足に踏まれて無事とはとうてい思えない。
 
が、ヒプノックはファーの方を追撃する事はせず、ビッケの方を向いた。そのまま飛びかかってくる。ファーに気を取られていた彼女は完全に回避のタイミングを逃し、ウォルフの忠告していた「独特」な軌道、こちらの回避方向を追尾してくる軌道を描くその攻撃に対応する機を逸した。
 
「ぐはっ」
 
かろうじて大剣でガードするものの、その太い足指の爪の一本がレイアメイルの脇腹に食い込み、大量の空気が口から漏れる。
 
(くそっ!)
 
ビッケは大剣をそのまま横薙ぎに払い、ヒプノックの脚へ斬りつける。
「勝機」と見て連続して襲いかかろうとしていたヒプノックは彼女の反撃に驚いて飛び下がった。これは不幸中の幸いである。彼女は大剣を放り出すと閃光玉を投げつけ、ヒプノックの動きを止める。同時に息を止めたまま走り、ファーを抱え上げた。
 
どうやらファーは無事の様だ。ようやくそこで息をつく。
しかし、その一息で脇腹に激痛が走る。戦闘続行は危険だ。
彼女はそう判断すると目眩でよろよろしているヒプノックにペイントボールを投げつけ、ファーと大剣を抱えるとエリアを離脱した。
 
ここまでの戦闘は順調なものだった。はじめの戦闘の後、ビッケとファーはいったんキャンプに戻り、二機目の落とし穴を初回同様に準備。戦闘の興奮の治まったヒプノックの再度の飛来を同様に捉え、ダメージを重ねた。
 
その後はすでに終盤と見、エリアを離脱したヒプノックを川沿いのエリアに追撃したのだったが…。
 
眠らされる、というのは厄介だ。大概のモンスターの攻撃なら、アイルーは持ち前の柔軟性と「膨らませた」体毛のクッションでしのいでしまう。が、寝てしまったらどうにもならない。
 
「ファー。ファー?」
 
彼女は目を覚ましてしょげているファーに声をかける。
 
「そんなにしょんぼりしないの。ファーは次はヒプノックの後ろから爆弾を投げつけて。前から突っ込まなければ大丈夫」
「了解ニャ…でも…」
「次のエリアでは戦闘中に落とし穴を仕掛けるわ。その間、ファーはヒプノックを引きつけて走り回って。それにあたしはもうタメ斬りはできない。とどめはファーの大タル爆弾でお願い」
「わ、わかったニャっ!まかせるニャ」
 
ようやく気を取り直したファーに安心すると、彼女は自分の治療に取りかかる。レイアメイルを外して脇腹を確認した。
あばら骨は無事の様だ。治療用の用具を引き出すと、ネムリ草と薬草をロウに混ぜて軟膏にしたものを塗り、湿布にする。
 
(さて)
 
と彼女は思う。この手のケガは厄介だ。ここで一休みすべきか、追撃を再開するか。今はまだ動ける、が、いったん休んでしまうと却って動けなくなってしまう事もあるケースだ。無論逆に休んだ方が動ける様になる場合もある。
ヒプノックの方はといえば「後一息」といったところだ。
おそらくは瀕死の一歩手前。まず1エリアで片がつくだろう。
 
ぱさぱさする携帯食料を無理矢理押し込み、回復薬Gで飲み下す。
すでに日は中天を過ぎ、西へ傾きつつある。
ビッケは追撃する事にした。
 
 

 
いざ肚をくくってみれば、実のところあとはもう特に問題もなかった。
 
彼女は負傷した分「踏ん張り」が利かないので、どのみち一撃離脱に徹するしかない。ファーもその方がタイミングが計りやすいので、着実に、確実にヒプノックを追い込んでいく事ができた。
 
さほど間もおかずにヒプノックが脚を引きずる様を見せ、最終盤となる。
打ち合わせ通りビッケが落とし穴の設置作業に入り、その間ファーがヒプノックを引きつけた。
 
この狩り三機目の落とし穴が展開され、こちらへ走り込むファーを追うヒプノックが落ちる。これはもう臨戦状態での落とし穴なので、長時間拘束ではない。が、最後の力を振り絞って落とし穴を脱しようともがくヒプノックも、乾坤一擲、ここぞとばかりのファーの大タル突貫で力つきた。
 
「ふう…」
 
一気に気が抜け、その場にしゃがみ込んでしまったビッケであった。
どっと疲れを感じる。早朝からほぼ10時間を超えて走り続けていたのだから無理もない。とどめを決めてのけたファーが泣いたカラスのナントやらですでに意気揚々とした顔をしているのが可笑しかった。
 
「よいしょ…」
 
彼女は立ち上がると、ポーチから筒状のアイテムを出し、その口を空に向けると尻についていた糸を引く。信号弾が打ち上げられ、遥か空中に「パンっ」と乾いた音を立てた。
 
多分メタペタットからの迎えのチームがもうすぐ近くまで来ているはずだ。ビッケは力つきたヒプノックの傍らに跪くと、その目をそっと閉じてやり、自分も目を閉じると何かつぶやいた。
 
そうして再び立ち上がると、横で神妙な顔をしているファーの頭をポンとなで、キャンプへと向かった。
 

『死に至る眠り』了
『メタペタットの竜の横溢』へ続く

 

諸注意
 
・「(了解ですニャ!)」
作中のオトモアイルーはゲーム中より「話の分かるやつ」です(笑)。
 
・樹海
1.樹海は密林のさらに奥に発見された。
2.樹海固有種のヒプ・ナルガは稀にこの旧密林に現れる。
以上の点からすると樹海はメタペ湿密林に隣接する、という事になるのかしら?ちなみに作中では樹海はまだ正式な狩り場として認可されていない状態にあります。
 
・アイルートンネル
初期の小説版にある設定で、おそらく公式設定です。アイルーは爆弾を持ち歩いているのではなく、このトンネルに備えてあるんですね。で、必要があると引っ張り出す、と。
 
・かさばる調剤器具などをキャンプに残し…
普通そうするでしょうね。この辺りの描写はまた別の機会に詳しくやりますが、実際にはあれこれ手持ちからひょい、と出すわけではなく、タル爆なんかもあらかじめエリアの隅っこに準備しておいて、モンスターが罠にはまる→爆弾を取りに行って運んでセットとやってるわけです。この辺り「1分→1時間」の換算を思い出しましょう。
ま、ゲーム内でも一時的にアイテムボックスに荷物を置ければ良いのに、と良く思いますが。
 
・虫除け布
包帯状の布を、タバコの葉を煮しめた汁につけて作ります。無論作中のオリジナルアイテムです。でも、リアルでは実際あるものですね。これで毒蛇避けにもなります。
ちなみにジーンズがインディゴで染められた理由もガラガラ蛇がインディゴを嫌うから、と考えられたためですね。
 
・巣かもしれない…
実際はヒプノックはここには来ません。鳥竜種一般来ませんね。
 
・左手を後ろ手に…
走る必要のある現場(リアル現代だと、例えば軍隊)での走法は、いわゆる陸上競技のような手足を左右交互に出すものにはなりません。大体上半身を固定して、倒れ込む動作を推進力にして走りますね。要は忍者走りです。
ゲーム中の「走る」アクションは(臨場感あふれるので)あれを変えちゃモンハンじゃなくなっちゃう、というスゴイ出来のものですが、実際あれでは武器がガチャガチャいっちゃって走れないでしょう。
 あ、そういえば無印のオープニングでは大剣使いが武器出しで疾走してましたね(笑)。
 
・球体の底を切り取ったような…
要するに中華鍋です。中華鍋は偉大です(笑)。
 
・ファーが食べられる様に冷ます
勿論ファーは「猫舌」です。
ものによりますが、特に魚介類に関しては味付けを嫌うので(そのくせ調理したものを好む)、ビッケは自分のエビを茹でる時にだけ塩を入れています。
アイルーキッチンのアイルー達がどうなのかは…謎です。
 
・北の空を見上げると
北半球、ということで。いや、北に雪山地方があるし。
ハンターは天の北極から星座を見て、夜の時間を知るのです。
 
・ペイントボール
ペイントボールがにおいでモンスターの位置を知らせる、という設定は公式のもの。効果時間は「1分→1時間」の換算に従い、およそ10時間。
 
・落とし穴
おそらくこれは公式設定。最初の小説シリーズ内の描写から。ただ、少々細部を変更してます。件の小説内では「広がったネットが土壌に作用して」下の土の軟弱化が起きる、となってましたが、これをトラップツール本体からの影響、としました。発せられる超振動とか、そんなイメージ。トラップツールがただ単にネットを展開するだけの仕組みだったらハンター自身で作れますしね。これができないのは土壌の軟化を発生させる「ハイテクノロジー」がトラップツール側にあるのだ、ということで。
さて、じゃあシビレ罠はどーなってんのさ、というご質問へはこう答えましょう。「あたしが知りたい」と(笑)。今の所トラップツールには「落とし穴用のトラップツール」と「シビレ罠用のトラップツール」の2種があるのだと考えるよりないですね。シビレ罠用のトラップツールの方は、麻痺牙のシビレ効果を増幅、拡散する作用があるのだ、という事で。
 
・ビッケの装備
レイアSベースで頭はピアス、という感じです。スキルは「体力+30」装飾品で「探知」「笛吹き名人」を発動(自動マーキングは存在しない、という作中設定)。レイアにしたのは母の話の記憶でメタペ湿密林でいかにレイアが見えづらかったか、というものがあったから。ベースにはその狩り場で有力なモンスターベースの防具がその狩りに良く合う、という母の考えもあります。
ちなみに作中は出てきませんでしたが、狩りの前の「入り口」の村には、その防具の金属部分などに一時的に彩色を施すサービス(といっても有料)がある、という作中設定です。今回なんかですと、ビッケのレイア防具のスカートや肩当てのメタルな部分に深緑の色を塗ってより湿密林にとけ込む様に、とするわけですね。S系・XZ系防具の色変えはこういう理由に準拠してできるものにしたら良かったのに、と思います。
 
・ヒプノックと落とし穴
この辺りはゲーム中でそのまま有効です。非戦闘状態のヒプノックの飛来にあわせて落とし穴を仕掛けても、落ちる直前に発覚状態になってしまいます。で、この落ちる前にケムリ玉を投げておくと未発覚状態での長時間拘束になる事もその通りです。
 
・戦闘について
ゲーム中よりはるかにシビアな条件を想定しています。ヒプノックの突っつきなんかまともに喰らったら死んでしまうか、まずその場は戦闘不能、位。レウスのブレスなんかまともに喰らったら消し炭ですな。ですんで、作中の狩りは「でかいのはひとつももらえない」のがデフォルトです。罠などを駆使して動きを止めていくも当然の措置です。
 
・回復笛
笛の効果はアリでいーのかよ、という事ですが、「ナシ」としてしまうと狩猟笛の存在が消えてなくなっちゃいますので(笑)、これは「アリ」という事で。ゲーム内では音楽の旋律が「気の流れ」に作用するという設定なので、「気功」ないしそれに準ずる理屈づけが必要になりますな。その詳細に突っ込むか否かは…ま、「気」が向いたらということで。
 
・頭の中の時間の「刻み」を倍速にし…
これは本当。リアル的な意味で。
例えば「足の遅い子」というのがいて、でもなんとか徒競走で活躍したい、というシチュエーションがままありますが、この場合重要なのは「脚力」ではなくて、その子の頭の中の時間の刻みです。「速いリズム」というのを教えるだけで本当に足は速くなります。
よりシビアな武術・格闘の世界では、この「刻み」を意図的に細かくして対応速度を上げる、というのは一般的な技術として存在しますね。
 
・くそっ!
ビッケとファーの関係をひとことで言うなら「家族」です。家族がピンチで焦ったらビッケだって「くそっ」くらい言います。
 
・ビッケは大剣を放り出すと…
無論放り出せます(笑)。
 
・息を止めたまま走り…
強烈な一撃を受けた際は、とりあえず息を止めて腹圧をかけていられる間は襲い来るであろう「激痛」を遅らせる事ができます。
 
・ファーを抱え上げた
武器で斬りつけて起こす…わけにはいきますまい(笑)。
 
・彼女は自分の治療に取りかかる
何でもかんでも回復薬を飲んだら治る、というわけにはいかないでしょうな。作中ハンターはして当然の治療をします。
 
・ネムリ草と薬草をロウに混ぜて軟膏にしたもの
これは適当。ネムリ草の成分は少量なら鎮痛・鎮静になる…んじゃあねいかなと。
 
・この手のケガは厄介だ
例えば山で足を挫いて「くそっ。イテエなーもー」とか悪態をつきつつ下って、帰りのバスに乗ったとこまでは良いものの、バスを降りようとしたら痛くてタマンねー。なんて事は良くあります。
実際「戦闘状態」においてはアドレナリンの回っているうちに動けるだけ動かないと、という判断の当否は死活をわけるでしょう。
 
・迎えのチーム
おおよそ夕方、という事前の打ち合わせで迎えのチームが狩り場近くで待機しています。信号が上がったらキャンプへ(もしくは行けるところまで行って逆に信号弾を上げる)。
ちなみにこれにウォルフが同行してるのですが「夕方までにビッケが片を付けるか否か」で賭けをしていて、この信号弾で勝ちとなった彼が狂喜乱舞してたりします(「うわはははは!そら見ろ、俺の目に狂いはねー…(略)」)。
 
・目を閉じると何かつぶやいた
おおむねハンターの存在する全地域で、狩ったモンスターへの葬礼的文言が存在します。台詞の内容は大体同じなのですが、そのハンターの育った地域とそのモンスターの「格」で多少の異同があります。
その中でもビッケの文言はかなり異色。ポッケ村や雪山地方一般のものとはまるで異なります。トレミアの一族に伝わったもので、ストーリー的にかなーり「クリティカル」です(笑)。かーちゃんに「人に聞かせたらアカン」と言われてるので、まだ聞かせてくれません(笑)。
「シモンよりなんとかのかなた…の?…で?…リュウ?はリュウのもとへ?…だったかニャ?」…ファー談
 
・剥ぎ取りは?
初見のモンスターは「剥ぎ取れません」。迎えのチームに同行して来るウォルフに合流後どこをどう剥いでいったら良いものか教わる段取りになっています。
 
・おまけ
え?諸注意が本文の1/3とかあるじゃん?
これで良いのです。このようなアイデアの「入れ物」としてこのお話はあるのです。
 

 

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