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死に至る眠り・中編

よその土地の集会所の扉を開く時はいつだって緊張し、少し嫌な感じがするものだ。集会所内は大概酒場になっていて、そこにたむろすハンター達は、よそ者が入ってくれば敏感に察して独特の雰囲気を醸し出す。
でも、今日はそのプレッシャーがありがたかった。さすがのグラニーも、集会所の扉を開けるのにあわせて口を閉じたのだから。

何とも「細長い」男であった。
 
無論それは痩せている、ということであるのだが、それより何より「長い」。顔が長く手足も長い。以前ビッケは工房でモンスターの体液に浸され柔らかくなった骨素材が型にはめられ「細長く」圧縮される様を見たことがあったが、今まさにその時の光景を思い出していた。
 
加えて珍妙な風体である。
濃紺のマントを羽織っているが、明らかに「丈」が足りておらず、尻も隠れていない。そしてその細長い顔と突き出たかぎ鼻の上には小さなモノクル(一眼眼鏡)。ご丁寧に鼻の下には先のくるくると丸まった飾り髭まで生やしている。極めつけに50センチの高さはあろうかという山高帽をかぶっているときたらこれはもう商人というより怪しい手品師である。
 年の頃は四十。もっともその風体のせいで三十と言われても五十と言われても「そうなのかしら」としか思えなかったが。
 
いずれにせよ間違いない、彼だ。ギルドマネージャーはこう言っていた。
 
「う〜んとね。ひとことで言ったらメタペタットで一番へんてこな人間だわ。へんてこな格好。そう思っていれば間違いないわね」
 
すなわちこのヒプノック討伐を依頼してきたメタペタットの商人を評した言である。今、ここまで同行を許してくれた商隊からわかれ、メタペタットの村の入り口の櫓門まで20メートル、という所にあって、その門の下で盛んに手を振っている男を見てビッケは確信した。万が一あれがこの村で一番変わった格好「でなかったら」、依頼はあきらめてポッケ村に帰ろう、と彼女は思った。
 
なんだか早くも疲れそうな予感を抱きつつ傍らのファーに目をやる。ファーはビッケを見上げ、こう言った。
 
「あいつに間違いないニャ」
 
アイルーのファーにもにもそう見えたらしい。
 
 
 

 
メタペタットの商人

それはいきなり始まった。
 
「ややっ。これはこれはなんと見目麗しいハンター殿であることかっ。遠い道のり大変お疲れさまでございました。いえいえ、分かっております、分かっておりますとも。ポッケ村からのハンター殿とお見受けいたします。その抜けるような白い肌、白銀の髪、まさに雪山の大地の与えたもうたお姿にございますれば。あたかも目の前にあの優美なるフラヒヤの山々の御姿が浮かんでくる様にも思う次第でして。
 
ええ、ポッケ村のマネージャー殿とも手前大変昵懇にさせて戴いておりまして、お話はしかと。しかし手前よもやこんなにお若いお嬢様に来ていただけるとは思いもよらなかったのでございますれば、それで大変驚いておるのでございます。いえいえ、決してお若いから頼りないなどと不埒千万な妄言を申すわけではございません。ハンター殿の身にまとわれてる防具・武器を一瞥するにさぞや研鑽を積まれた熟練の狩人様であるかと。
 
古の狩人曰く、そのハンターの腕を知りたければ、まず何はともあれ防具が似合っているかどうかを見よと申します。いや失礼。狩りの何たるかも知らぬ商人が大それたことを申しました。しかし、ハンター殿を見ているとその言が思い起こされること甚だしいものがあるのでございます。まっこと堂々とした出で立ちにお見受けいたします。
 
やっ!これはしたり!手前としたことがまだ名も名乗っておりませんでした。手前メタペタットを根城に手広く商いをしておりますグラニーと申します。こうしてお話しさせていただくのも何かの縁。以後お見知りおきの上、末永きおつきあいのほどを重ね重ねにお願いいたしたく、ええ。
ところでハンター殿のお名前はなんと申しますのでしょう?」
 
この男。ビッケがその櫓門へと歩を運ぶわずかのうちにこれだけを喋ってのけた。助けを求めようとファーを見やるとその目は半眼になり、尻尾が逆毛立って膨れていた。仕方なく眼前に迫ったその細長い男を見上げ、ビッケはようやく一言だけ発することができたのである。
 
「ヴィ、ヴィクトリアです。こちらこそ、その、よろしくおねが……」
 
「ヴィクトーリア殿!なんたる!なーんたる高貴な響きを持つお名前でしょうか。手前このような田舎の村にくすぶっていますと日々聞こえてくるのはジャガイモの名前だかタロイモの品種だかといった雅のかけらもないような名前ばかりでございまして、耳の洗われるような心地がいたします。
もしやヴィクトリア殿はヴェルドやリーヴェルといった都のお生まれではありますまいかな?手前も若かりしころは………」
 
…紙面にも限りというのがあるのでこのあたりで端折らせていただく。
 
ビッケはギルドマネージャーが最後に付け加えた一言を思い出していた。
 
「あ、あと彼はうるさいわ。体は細っこいけどゲリョスなみにうるさいから、覚悟しておいた方が良いわ」
 
冗談ではなかったのである。櫓門から村の集会所までのとてつもなく長い道のり(実際は5分ほどだったのだが)の間その商人・グラニーは身振りに手振りを加えて喋りつづけ、ビッケはあたかもゲリョスの毒を受けた時の様に体力を消耗させつづけた。
 
よその土地の集会所の扉を開く時はいつだって緊張し、少し嫌な感じがするものだ。集会所内は大概酒場になっていて、そこにたむろすハンター達は、よそ者が入ってくれば敏感に察して独特の雰囲気を醸し出す。
 
でも、今日はそのプレッシャーがありがたかった。さすがのグラニーも、集会所の扉を開けるのにあわせて口を閉じたのだから。
 
(やれやれ)
 
とひとりごち、ビッケはグラニーとファーを後ろに、紫煙と酒のにおいの渦巻くどこでもおなじみのハンター達の酒場へと入っていった。
 

 
集会所の盛り場に足を踏み入れたビッケは、いきなり矢の様に向けられた視線に一瞬身を堅くする。一番奥のテーブル席に着いている壮年のハンターだ。敵意、ではない。彼は何かぎょっとしたような顔を一瞬見せ、すぐに何かを振り払う様に頭を振り、彼女から視線を外す。それ以降もう彼はこちらを見なかった。
 
(なんだろう…)
 
気にはなるが、それだけで問いつめるわけにもいかない。とりあえずその件は置いておき、彼女は思考を切り替えた。
 
ハンターにとって観察眼を優れて発揮できるか否かというのが狩り場において大変重要となることだ、というのは言うまでもないことだが、実際には狩り場に出る遥か手前からこの力量は計られる。
 
(…?…高位のハンターがいない?)
 
瞬時にビッケはそれを見抜いた。昼のさなかから酒盛りに興じる者、次の狩りのパーティーを組むための交渉なり打ち合わせなりをしている者、おそらくはただ単に居座ってあちらこちらを冷やかして暮らしているのであろう者。どこの街や村でもハンターの集まる盛り場の様子というのは似たり寄ったりだ。だが、そのような中にあっても年季を積んだハンターというのはそれと見て分かる「重心の低さ」というものを持っているものである。
 
ざっと見渡す限り、その貫禄を持つハンターはひとり。先ほどの妙な視線を彼女に向けてきた壮年のハンターがそれだ。
 
(彼がこの集会所の「顔」だろう)
 
そう彼女は見る。
 
(少し面倒だ)
 
そうも思った。気になる視線のこともあるが、それだけではない。
 
ビッケが盛り場にたむろすハンター達を見ている様に、メタペタットのハンター達も彼女を見ている。もとよりGクラス指定のヒプノックへ挑むハンターがやってくることは周知のこととなっているだろう。そこにレイアSの防具に身を包み、クロームデスレイザーを背負ったよそ者が現れれば、彼女が「そのハンター」であることは一目で明らかだ。彼らは一瞬静まり、すぐさまもとの騒ぎに戻ったが、その視線はちらりちらりと彼女の挙動を窺っていた。
 
通例ならこれからビッケはしかるべき筋に挨拶をし、その後狩り場とモンスターの情報を得るため、この中の「誰か」にそれをお願いすることになる。彼らは「そこ」を見ていた。ここでその情報をとんちんかんな相手に求めれば、何をするまでもなく「見る目のない半可者」という評価が下されることになるわけだ。
 
いきなりここの「顔」であるハンターに水を向けるのはいかにも無礼だ。が、それ以外にGクラスの狩猟のアドバイスとなる情報を持っていそうなハンターがいない。少し面倒だ、とビッケが思ったのはそういうことだった。
 
そのようなことを扉を開けてからカウンターへの数歩のうちに考え、彼女はそこの受付嬢に挨拶をした。各地域共通のギルドカードを指し出し、チップを添える。この集会場はマネージャークラスの者はいないらしい。もっとも村レベルではそれが普通だ。ビッケはポッケ村以外にギルド直属のマネージャーのいる集会所というものを見たことがない(それは彼女の存在のせいに他ならないのだが)。
 
受付嬢は愛想良くビッケを歓待し、その到着と狩りの予定を手早く記録していく。
 
「ではグラニー様ご依頼のGクラスヒプノック1頭の狩猟。明後日より2日間の期間、という期限でよろしいですね。宿泊は集会所併設のゲストハウスをご利用ください。今櫓門より来られた道をそのまま北に進みますと露店が並んでおります。ご要り用なものはそちらで…」
 
そこでビッケは話をふってみる。
 
「少し気になる話を耳にしたのですが…」
「あ、はい。何でございましょう」
「この辺りで何か大規模な狩猟が展開されるという…いえ、商隊のものの話だったので少し大げさなのかもしれないのですが…」
「ああ、それでしたら多分ここより少し離れた所にある農村地域に出現したイャンクックの一群の掃討狩猟のことでしょう。クックとはいえGクラス相当の強個体が確認されただけで6頭。ギルド管轄の狩り場からは離れているのですが、この時期畑が荒らされると年間に響きますので、今ここの腕の立つものが5名であたっております。…あの、それが?」
「そういうことでしたか。農作物がらみなので商隊の人たちも必要以上に心配していたのでしょうね。どうもありがとう」
「いえ、お力になれたなら何よりです。では、他にも何かありましたら何なりとお申し付けください。ヴィクトリア殿の狩りにご武運がありますことを」
 
そんな感じに挨拶をすますと、ビッケはグラニーとファーをつれて空いてるテーブル席に向かった。そして、彼女はファーに目配せをする。さりげなく奥の席ついている件のハンターを示した。すると、合点承知とばかりにファーは集会所から駆け出していった。
 
無論大規模狩猟の噂など商隊はしていない。要するにカマをかけたわけだ。でもこれでここに高位ハンターが不在なわけが分かった。ついでに受付で彼女がその話を始めた時に、隣にいたグラニーの口の端が一瞬にやりと引き上がったのも見逃さなかった。この男、ただのお調子者というわけではない。
 
「さてもヴィクトリア殿」
 
席に着くや否やグラニーがまた喋り出した。
 
「いかがされますかな。今日はもうごゆるりとなされますか?ここのゲストハウスは中々快適ですぞ?北よりおいでになったヴィクトリア殿には少々ここの湿気は不快でしょうがゲストハウスには一工夫なされていまして、壁材が見事に無用な湿気を吸い取る素材で作られているのでございます。何を隠そうその仕掛けをこの地にもたらしたのが手前の父親どのでございましてな…」
「グラニーさん」
「この父どのがまた…は?何かおっしゃいましたか?」
「もうその茶番は結構です」
 
そしてじっとグラニーの目を見据える。
 
「いやいや、これは失礼。手前どうにも口から生まれた質でして…どうにもしまりが…」
「そうではありません。私のことも私の母のこともご存知なのでしょう。それに受付の話のとき笑いましたね。私が何を必要としているか…もうお分かりなのでは?」
 
何が「古の狩人曰く」だ。あれは母さんの口癖だ。
 
今度ははっきりとグラニーがにいっと笑った。
 
「ヴィクトリア殿、いや、ビッケ殿とお呼びした方がよろしいかな?
湿密林の地図、素材の分布、小型モンスターの分布、ヒプノックの基本的な性質と行動範囲。それに向こう三四日の天候の見立て。およそこの辺りでよろしいかな?しかし、そのためにアイルー殿を走らせたのでは?」
 
そうまくしたてると今度は今までと打って変わった腹の据わった声で大笑する。
 
「はっはっはっ!これは愉快ですな。手前の化けの皮をこうもあっさり剥いだのはそなたの母上殿以来ではないですかな。もっとも当時は手前もまだ小僧でしたからな。ビッケ殿はより年季の入った化けの皮を剥いでみせた、ということになりますな。
いやこれは失礼。悪気のあってのことではございません。いやいや、母上殿とお会いした時の事を思い出して少々いたずら心もあっての事ではありますかな。
これも手前の処世術、活計(たつき)のひとつでありますれば平にご容赦願いたい。化けの皮を剥がさぬままに普段は事を終えているのです」
 
その化けの皮とやらが剥がれても話の長さは変わらぬらしい。
どうしてくれようかとビッケが思案していると横合いから声がかかった。
 
「グラニーよ。だから言ったではないか。話が本当ならおまえの小芝居など通じるものかと」
 
ビッケは横を見上げる。そこには集会所の奥で彼女に含みのある視線を送ってきた件の壮年ハンターが立っていた。
 
 
 


   

狩りの準備と回復薬

「嬢ちゃんすまんな。俺はやめろと言ったのだが、このグラニーはどうにもいたずらをせんとすまんやつでな。
俺はウォルフガングという。ウォルフでいい。俺とこのグラニーは若い頃あんたの母ちゃんとはよしみがあってな、今回あんたの狩りに少々合力しようと、ま、そんなわけだ」
 
そう言うとウォルフは腰を下ろした。
変わった防具を着ている。見た目はフルフルの素材を使用した防具なのだが、明らかに生地のボリュームが違う。これが噂に聞くGクラス防具なのだろうか、しかし作りが旧式のものだ、Gクラスのフルフルシリーズは新式になったと聞いていたが…とビッケは思った。武器は携えていなかったが右の小手が変形しているのが見えた。常時そこに盾を備えている片手剣使い特有の変形だ。
 
案ずるよりナントやら、ビッケはあれこれ思案していたのがばからしくなってきた。ファーにも無駄足を踏ませてしまったかもしれない。無論話が早いに越した事はないのだが。
 
「そうですか。でもウォルフさんとグラニーさんは、母と、狩りを?」
「あー、いやいや。俺もこいつも当時は小僧でよ。と言っても当時すでに伝説のハンターになってたあんたの母ちゃんとそう年も違わねーんだが、そのなんだ。ちょっと手伝いしたくらいなんだ…ま、その辺りはこの狩りが終わった後にでもゆっくり話してやるよ。
それより今はヒプノックだろう?」
「そうですね。よろしくお願いします」
「ああ、ここでGクラス指定のやつを狩ってんのは俺だけだしな。グラニーの依頼にあった失敗続きのハンターってのが今クックを狩りに行ってる連中ってわけよ…」
 
そう言うとウォルフは懐から折り畳まれた湿密林の地図を取り出し、レクチャーが始まった。
 
 
おおよそ未見のフィールドに対してハンターの求める事前情報とは、その地形・気候特性、素材の分布、出現する雑魚モンスター、できればボスモンスターの行動の癖、という事になる。もちろん耳学問のそれではなく、実地にそのフィールドで狩りを重ねているハンターの知見である方が有用だ。
 
その意味でウォルフのレクチャーは的確だった。あたかも行った事のない湿密林の様子がビッケの目に浮かぶような具体的な情報である。
 
「嬢ちゃんの方で良く行くだろうテロスの密林に近いといえば近いんだが、あそこみたいにアオキノコがどっさり採れたりはしねえな。回復薬の現地調達はそこそこと思った方がいいぜ」
 
ウォルフはドンドルマ地域の狩り場にも通じているらしく、ビッケの良く知る狩場と比較しながら説明してくれた。伝法な様だが面倒見の良い質らしい。上にあげた要素を細かく説明してくれた後、彼は顔を上げた。
 
「ま、大まかにはこんなとこだな。だがなんと言ってもここはやたらと草木が生えててよ。行ってみりゃ分かるだろうが、目を慣らすのが第一だぜ。と言っても期間は二日か…で、嬢ちゃんはどうするつもりだ?」
 
ビッケはウォルフのレクチャーに感心しつつも、同時に自分の狩りを組み立てていた。結果、ヒプノックの狩猟を後半一日で畳み掛ける方向で行こうと思っていた。
 
「そうですね。はじめの一日で各エリアをまわって、実地に確かめながらエリアの安全確保をしようと思います。同時に罠を最大限使える様に準備して、二日目一気に畳み掛けようかと」
「おう、その毒大剣と落とし穴の組み合わせか。さすがだな。いいんじゃねえか。ヒプノックは毒に強い、って事はないと思うぜ。
あー、だけどな、やつは近づいてきたハンターには敏感でな。落とし穴を仕掛けるにはちと工夫がいるかもしれんな。俺はあまり罠を使わねーから、それ以上は言えんがな」
「そうですか。覚えておきます」
「回復薬とかはどうすんだ。何てったってGクラスのモンスターの攻撃力は半端ねーぞ。持てるだけ持ってかねえと。やっぱあれか、あんたもこっちのもん使うのか?」
「はい。いくつかは実際フィールドで準備するつもりですが、それ以外のものもここの素材で作られたものが入手できると良いのですが」
「母ちゃん譲りだな。それはグラニーに言ったらいいやな。おまえ、半値でなんとかしてやれ」
 
フィールドのレクチャー中はおとなしかったグラニーだが、いきなり話の矛先を向けられ、途端にエンジンがかかる。
 
「半値!いやいやウォルフ殿は商いの何たるかがまるでわかっておいででない。良いですかな、ウォルフ殿、ビッケ殿。僭越ながらこのグラニーめが、健全なる流通を保つための重要な点が何処にあるのかを教えて差し上げましょう。そもそも商いというものは…(中略)…ところでビッケ殿。母上殿も確かに回復薬は現地のものが良いと申されていたが…それは何かいわれがあるのでしょうかな」
「何だ、狩りに出ねえおまえがそんな事気にすんのか」
「ウォルフ殿、良いですかな?確たる理由があれば、それは商品になるのです。そして商品とともにその知恵が敷衍するならばそれは広い地域のハンター達の助けにもなろうというものではないですか」
「へっ。おまえは確たる理由なんかなくたってでっち上げて売りもんにしちまうじゃねえか。何だこの間の『解毒のピアス』たら言うのは。ひとつも効きゃあしなかったとリンスがぼやいてたぞ?
…まあ、それはいいやな。でも俺もその回復薬への考えは興味があるな。嬢ちゃんの母ちゃんは理由なんか知らん、といった具合だったがな。嬢ちゃんはなんか考えがあるのか?」
 
ビッケは苦笑した。確かに母は大雑把な所がある。実際効果があったら理由なんかどうでもいいわ、という感じだ。彼女もその母の教えでそうしてきたのだが、今ではその「理由」にもそれなりの了解がある。それは、ある狩りで一緒になったハンターに教えてもらった事だ。
 
ふと気がつくと、集会所はいつの間にか静まり返っていて、彼女達のテーブルの会話に聞き入っているようだった。この集会所の「顔」が自ら合力を申し出る事態なのだから無理もない。
 
ビッケはこのレクチャーへのお礼もかねて、その回復薬の用法の由来を話し始めた。
 
 

 
その狩りは湿地帯に出現したグラビモス1頭を4人パーティーで狩る、というもので、上位クラスの個体に下位装備の4人が挑む、といういささか面倒なものだった。ビッケ達は一日目に2−2に分かれて、一手が二人で斥候を勤め、安全が確保されたエリアにもう一手の二人が資材を運び込み、翌日一気に罠・爆弾を惜しげもなく投入して狩り切る、という作戦をたてた。
 
ビッケとともに斥候を勤めたハンターは、年の頃は二十四五といったところで、まだ少年のような雰囲気の残るハンターだった。少し変わった感じのアルバレスト改系のヘビィボウガンを背負っていた様に記憶している。
 
(あれ?)と彼女が思ったのは、そのハンターが斥候の道すがら薬草やアオキノコを採ってまわっていたからだ。万事まめな雰囲気の青年だったので、回復薬を用意してこなかったとは考えがたい。回復弾の予備の準備か、とも思ったが、彼女の知る限り回復弾を撃てるアルバレスト改というものはないはずだった。
 
その夜、案の定翌日の狩りに備えて彼はベースキャンプで回復薬を調合し始めたわけだが、この辺りでビッケは辛抱たまらなくなって声をかけたのである。
 
「あの。少しよろしいでしょうか」
「え?僕?あ、うん。…なに?」
 
彼は少し驚いて調合の手を止めると、なぜかひどく照れた感じで頭をかいた。
 
「回復薬の準備をなぜ今?」
「ああ、これか。うーんと、買い忘れたわけじゃないんだ。僕の師匠がね、こうした方がいいって…」
「あ、やっぱり」
「やっぱり?」
「ええ。実は私の母もハンターで、そう言っていたんです。私もソロの狩りの時はそうやっています」
「へえー。そうなんだ。あんまりいないよね、こんな事してる人」
「あなたは、なぜこうした方が良いかとか教わりましたか?私の母は理由なんかは知らなかったみたいで…あ、ごめんなさい、一方的かしら。もしあれなら…」
「いや、いいよ。僕の師匠はなんか秘密にしろなんて事はぜんぜんない人でさ。理由も教えてくれたよ。うん、だからこれは師匠の受け売りなんだけど…」
 
そう言うと彼はこれまた妙にはにかんで、コホンと咳払いをした後、その理由を語り始めた。
 
「回復薬っていうのはさ、受けた傷を直接治す薬、というわけじゃなくて、僕たちの体がその傷を治そうとする働きを速める薬なんだって。代謝を促進させる、って師匠は言ってた。でさ、その傷を治す体の働きっていうのは、僕たちの体の中にある栄養を使うわけじゃない?つまり、食べたもの。
 
それでね。僕たちは普段自分の住む村でその土地のものを食べて暮らしているんだけど、よその土地の狩りに出た時はその狩りの少し前からその『よその土地のもの』を食べたり飲んだりしてるじゃない?だから…」
 
なるほど、とその辺りでビッケは了解した。言われてみればものすごくシンプルな事だ。
 
「あ。そうか…」
「うん、そうなんだよ。そのよその土地の狩りの間は、僕たちの体の中の栄養もまたその土地の食べ物、飲み物でできてるんだ。だからさ…」
「その土地の薬草をベースにした回復薬の方が…なんていうか…」
「師匠は『良くなじむのだ』と言っていたね」
「うーん」
 
当然すぎて今まで思い至らなかったのがウソみたいな理由だった。
 
「まあね。そうは言ってもそんなに変わるわけでもないし、あー、でも長丁場になって10本20本って回復薬がいるような死闘になったら、後になるほどその差が出るとも言っていた。僕はそんな死闘はまだした事がないんだけど…」
「でもすごいわ。それはあなたのお師匠様が自分でお調べになった事なのかしら。効果にそんなに差があるわけじゃないのに、とあたしも思ってたけど、『なじむ』っていうイメージがとても素敵。とにかくありがとう。とっても勉強になった」
「いやあ。ただの受け売りだから。でも君のお母さんもそう思っていたのなら、結構それに思い至ってる人もいるのかもしれないね。僕の師匠はさ…」
 
「オーイ!リオ!おまえ素材玉の予備持ってなかったかな。ケムリ玉を作っとこうと思うんだが…」
「あ、はーい、あります!」
 
他のハンターからのお呼びがかかってその青年はビッケに(ごめんね)と合図して走っていった。彼女もそれ以上彼の邪魔をするのもどうかと思ってその場はそれきりだったし、首尾よく翌日の狩りを成功させた後もビッケはそのまま帰途へつき、彼はグラビモスの運搬チームに合流する、という事になっていたのでその後も話す機会はなかったのだが…。
 
 

 
「と、いうことなんですよ」
 
ビッケは当時の様子を思い出しながら、その青年ハンターに教わった内容を話した。
 
「その後私も自分で色々試してみたんですが、どうもその効果の要はやはり薬草にあるみたいです。アオキノコとかハチミツとかはその効果を増幅するもので、彼のいった『なじみ』というのは食べ物と薬草が同地域のもの、という点で決まるみたいです」
 
そこで彼女は言葉を切り、回りを見渡す。集会所のハンター達は、なんだかぽかんとしていた。
 
「あ、あの。こんなお話で良かったんでしょうか…。レクチャーしていただいたお礼にと思ったんですが…あの…」
「いやあ、すげー話だったぜ。おい!聞いたかお前ら!こりゃおめえ、この場にいたのはついてたんだぞ?俺だってこんな事は…」
 
そうウォルフが関心しきりの感想を述べていたが、流れの委細をかまわないのがグラニーという男である。役に立っているのかどうか疑わしいモノクルをぐいっと掛け直し、大声を上げる。
 
「スバラシイ!手前只今猛烈に感激しておる次第であります!ビッケ殿、ビッケ殿。して、そのハンター殿の素性は知れないものでしょうか?できればそのまた師匠殿の事もぜひ知りたい所でありますが…」
「いえ、その後すぐ別れてしまったので何も分かりません。彼はリオと名乗っていて…あれは…アルコリスの方のなまりが少し入っていたような…」
「ううーん、左様ですか。アルコリス…ココット村がありますが…ううーん」
「おい、グラニー、お前なに企み始めたんだ?あ?」
「企みなど滅相もないウォルフ殿。よろしいかな?今のお話を敷衍するならば、ハンターのための食事と回復薬のセットというメニューを各地域のギルドつながりの盛り場で提供できるわけではないですか。いや、研究を重ねれば回復薬と携帯食料のセット、というのもあり得る。これはハンター界の食事と回復に関する市場に大変な分野を開けるかもしれないお話ですぞ?」
 
いきなり大きくなる話にあわてるビッケである。
 
「いえ、グラニーさん。普通の狩りじゃそんなに差が出る事じゃないんで…」
「そーんな事はどうでも良いのですビッケ殿。ビッケ殿自ら『素敵なイメージ』と仰ったではないですか。よろしいかな?よろしいかな?ビッケ殿、その母上殿、その青年の師匠殿もさぞや名のあるお方でしょう。そのような伝説のハンター達が用いた秘法!と銘打てば飛ぶ様に売れていくこと間違いないのでございます!ああ!こうしてはおられぬ!手前明日にでも…」
「落ち着けグラニー!おめえは何だってそう何でも詐欺まがいの話にしちまうんだ、コラッ!…すまねえな嬢ちゃん、せっかくの話だったのによ、この野郎ときたら…」
「詐欺まがいとは失敬な!よろしいかウォルフ殿!それはあくまで広くハンター達に敷衍するためのとっかかりに過ぎないのだと何度説明したらお分かりになるのか。まず広める事、これこそが我ら商人に…」
 
やがて集会所の盛り場は本来の喧噪に戻り、ビッケも夜の帳の降りつつあるこのメタペタットの村で、軽くウォルフやグラニーとの酒宴に興じた。
戻ったファーはすっかり意気投合しているビッケとウォルフを見て、少々憮然としていたが(ファーはウォルフの裏を探るよう指示されて出かけていたのである)、メタペ特産の巨大エビのボイルを山と積まれた皿を見て、すべてを忘れた様だ。
 
狩りは明後日。ビッケは初のGクラス狩猟に向けて上々のスタートを切っていた。
 

後編へつづく 

 

 

諸注意
 
・ヴェルド/リーヴェル
ヴェルドはミナガルデを含む「西シュレイド王国」の首都。リーヴェルは「東シュレイド王国」の首都。東西シュレイド王国はかつての「シュレイド王国」が黒龍との戦によりその首都「シュレイド」を失い、東西に分裂してできたものなのです(公式設定)。
 
・ゲーム内での狩りはポッケ村(ココット村/ジャンボ村)→各地の狩り場。ミナガルデ/ドンドルマ→各地の狩り場となるのだけれど、実際はその「各地」に赴いて立ち寄る狩り場の入り口になるような村・街に立ち寄って情報を収集したりする、はずですね。
個人的には後続のシリーズはネット内に狩り場と同じ数の村・街を設えて、各ハンターがそれぞれの「根城」とできる様にするのが良いんじゃないかと思っています(現行のサーバ名の別だけだとちと寂しいですね)。
 
・カマを掛けるビッケ
これをせずにいきなり「高位ハンターがいないようですね」なんて言っちゃうと盛り場は一気に険悪なムードになるわけです(笑)。
 
・ウォルフの防具
ウォルフはわざわざ特注で旧デザインのフルフルG防具を作製させてます。また、片手剣特有の〜ですが、ランスガンランスはその盾の重量から片手剣とはまったく異なる腕への固定の仕方をしている、という想定です。前腕そのものが盾のためのユニットでできてる、みたいな感じですね。片手剣は簡単に革ベルトかなんかで縛ってるだけ、みたいな。
 
・さすがだな
ビッケの作戦が、視界の悪さ・フィールドとモンスターへの不慣れ(というか初見)というリスクを最も軽減する作戦である事を評価しています。
 
・ビッケはこのレクチャーへのお礼もかねて…
ギブアンドテイクをしてみせられるか否かもハンターの器が計られる所です。
 
・少し変わった感じのアルバレスト改…
(笑)。
この世界ではアルバレスト改で狩りを続けるガンナーというのは、普通にたくさんいます。と、言いますか、それが普通。「もっと強いガンないですか?」なんて事にはなりません(笑)。
 
・なぜかひどく照れた感じで…
もちろん彼の幼き日の「英雄」のひとりにビッケがそっくりだったからです。
 
・回復薬の効能
当然ゲーム内でこんな事はありません。でも、あっても良いんじゃないかと思います。それがゲームとしての狩りのパフォーマンスにあまり影響しない範囲で。地元産の薬草由来だと回復量+5とかね。
リオの語った内容云々ではなく、そういった「ちょっとした努力が呼ぶちょっとうれしいこと」というのはたくさん投入できるはずです。新モンスター・新武器・新防具といった派手な要素だけじゃなくて、そういった「より丁寧にこのゲームを遊びたい人」向きにできる事は地味にあまり大変な「開発」ではなくてできるはずなんですが。
 
・アルコリス
いわゆる「森丘」のある地方です。
 
・グラニーの一言
自分でも気がついてないですが、早くもビッケを伝説扱いしちゃってます。グラニーの中ではその確信があるのですね。本当は良いやつなのです。
 
 
・ぼやき
早くも登場人物が制御を振り切り始めて大変です。
村から出たとたん長くなる長くなる(TT)。

 

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